昨日の夕方、散歩に出かけた。雲の隙間から見える空の色を眺めながら思った。"エゴは雲のようなものかもしれない。"
最近エゴについて調べている。エゴに飲まれてるから人生がぐちゃぐちゃなのかもしれない…と思ったから。
検索したら沢山でて来る。哲学の視点からエゴを解説した動画。仏教の観点から説明している記事。フロイトの精神分析の話。スピリチュアルな経験談など。他の分野も、書籍も沢山あるだろう。しかもエゴについて掘り下げると「私は誰?」という難問にぶち当たる。途方に暮れそうになったが、とりあえずできそうなことを試すことにした。
ここ数日、出来る限り心の動きを観察してみた。私のエゴの強さは不安から来ているみたい。最初から怖い未来にフォーカスを当てているのだ。何も起こっていないのに。恐怖心に支配されている。
自作の妄想の物語の中で勝手に苦しんできたんだな、と気づいた。自ら掘った落とし穴に落ちて泣いていたんだ。何かすごく阿呆みたい(笑)人生は自分で脚本を書いた茶番なのかもしれない。
今はとにかくエゴに気づいたら手放す…という練習をしている。とても難しいけど。瞑想みたいな感じ。絶えず浮かんでくる思考や感情をただ観察すること。
それで昨日「エゴは雲のようなものかも」と思ったんだよね。
世界のありのままの姿を遮って見えなくするのがエゴ。空も太陽も存在しているのに無いように思えてしまう。宇多田ヒカルのtime will tellにそんな歌詞があったね("雨だって雲の上へ飛び出せばalways blue sky")
ずっと頑なに信じてきた考えを見直すときなのかも。しがみついていたものを手放し、委ね、コントロールをやめる。とても怖いことだけど、降参してみたら今まで見えなかった光が見えてくるのかな?やってみないと分からないけど。
しばらくはエゴと格闘の日々になりそうです。